Junko's Blog

京都を拠点に演劇やアートのプロデュース・コーディネートの仕事をしているJunkoの日記です。☆韓国語と英語を勉強中。ハワイと沖縄にも興味あり。☆フラダンスやっています。☆旅と温泉とお酒が好き。☆最近は日韓交流の演劇企画に注力中〜。☆浮かれたり傷ついたりしながら、日々、楽しく過ごしている。とにかく、「本気で」生きてます。これは、自信持って言うよ。

昨日は、韓国語作文コンクールのオンライン表彰式に参加した。
今回は初挑戦したわけだけど、今後また挑戦しようという気持ちになったし、それに向けて(向けなくても)、ちょっと時々 作文書くのにトライしていこうかなと思う。また、手書き文字にも興味湧いたり。 この度は本当にいい機会でした。정말 감사해요.

恥ずかしながら、入賞作品はこちらで読めます。
https://osakakorea.com/2026mokkoji/

改めて自分の「エッセイ」を読むと、自分の文章だけど、自分のじゃないみたいにも思う。このような応募の時は時間かけて推敲するからこういう文章が書けるのであって。もっと気楽にでも韓国語の文章をちゃんと書けるくらい、語学力をあげたい。また実力以上のイメージをアピールすることになってしまったように思うので、ちょっとまた頑張らねば、と焦ってます(笑)。

演劇のことを書いたのかと期待していただいてるかもしれないのですが、全然違うんですけど・・。演劇のことも書こうかと考えたんだけど。うまく「エッセイ」にできなくて。でもまた機会があれば、ちゃんと演劇のことも書いてみたいと改めて思う。

そうして考えていて、ふと気づいた。
日本語でK-演劇のこと語るのの裏返しで、韓国語で日本の演劇のこと書いたらいいんじゃないかしら? 韓国語の作文練習のテーマはそれにしようかな。
だとしたら、どこのプラットフォームに載せるのがいいのかなあ。(誰かに読んでもらうのでないと、書くモチベーションが湧かないタチなのです・・。)ちょっと考えてみる。

いずれにせよ、諸々の状況的に、今の私にとって、韓国語の上達は急務なのだ。何とかせねば・・。

しばらく更新ができていなかった「K-演劇の話をしよう」のnote。
久しぶりに更新しました!

IMG_3698まあまあ頑張って書いたので、こちらでもリンクを。
https://note.com/junkosans/n/nb4a67d969424

KYOTO EXPERIMENT(京都国際舞台芸術祭)で観る、韓国アーティストの作品について、書いてます。
今年の演目の話(来週にロームシアター京都で上演される韓国の3人のアーティストの公演のこと)と、これまでに観た 印象に残ってる作品について(2024年のジャハ・クー『ハリボー・キムチ』)を書いたのだけど。

このnoteを読んだ方から、ジャハ・クーさんは、今年、最年少かつアジア人で初めて、国際イプセン賞を受賞されたのだということを教えてもらう。気づいてなかったことの不勉強さも思いつつ、けど何てタイムリー! また観たい気持ちが沸々と湧いたよ・・。

※今週の「シルラジオ」でも同内容を配信してるので、音声を聞く方がいいよって方はそちらで聞いてください。

ニットキャップシアター次回公演に向けてのフィールドワークとして、京都駅周辺を歩いた。作品に出てくる場所である、「伏見稲荷御旅所」や、鴨川沿いの高架付近などを散策する。

戦後80年、完全に再開発が進んでいるので、周辺の建物などには当時の面影がほとんど見当たらない。というか、私の子どもの頃とも、ほんの10~20年前とも、随分と様変わりしてるものなあ・・。
現在の京都駅ビルができたのが1997年のはずだけど、その前がどんな雰囲気だったか、私ももはや思い出せない。京都駅南側の「イオンモールKYOTO」は、今調べてみたら、2010年にオープンしていた。最近だって気持ちはあるけど、全然覚えてないぞ・・。

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私の母の実家は、油小路札の辻にあった。堀川通りを南へ下った、九条と十条の間くらいのところだ。私が小学生の頃まで、母方の祖父母はその家に住んでいて、なので子どもの頃、夏休みなどによくお泊まりに行っていた。
伏見稲荷御旅所は、5月のお祭りの時に縁日に遊びに行った記憶がある。今考えたら、十条近くの家から御旅所まで、歩いて行くにはまあまあ距離あったよね・・(歩いてたけど)。
祖父母が引っ越した後は行くことがなかった街を、今度改めて歩いてみようと思う。もう完全に建て替わっていて、街の面影がない、というのは話に聞いていたけど。

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フィールドワークの最後は、東九条の「京都市地域・多文化交流ネットワークサロン」で、街の成り立ちについての話などを聞いた。
http://www.kyotonetworksalon.jp/

私は以前、この辺りのエリアのまち歩きツアーのようなものに参加したことがあった。その時にどのあたりを歩いたかは、あまりもう覚えていないのだけど。
(振り返って探してみたら、2014年5月のことだった。>当時の日記)
その頃に見た雰囲気、聞いたお話とも、また現在は様子が異なっているようにも感じる。

今回お話を聞いていて改めて感じたのは、京都の(東九条だけでなく京都の各地の)朝鮮半島出身の方々が多く住んでいるエリアは、被差別部落(同和地区)があったエリアとも隣接してるので、その物語は、これまで話を聞いた他都市のコリアンタウンともまた少し違う部分がありそうだと思った。
京都の話は、地元ゆえ、当事者意識が強くなりすぎるのか、これらの話題に踏み込むには、私にはまだまだ勉強も覚悟も足りない気がしてしまう。これからもう少しじっくりこれらの事柄にも触れていきたいと思った。

京都に生まれ育ったという環境と、韓国の歴史や文化への関心から得た情報・知識と、そんな私の中の蓄積をもとに考えてみたい。それは私にしかできないアプローチがあるんじゃないかって気もして。


※この日記も、[ニットキャップシアターの次回公演にまつわる、私の徒然所感な日記]になるかな。その3ってことにしておこうか。>[その1]・[その2]

[ニットキャップシアターの次回公演にまつわる、私の徒然所感な日記。その2]
 その1はこちら>⭐︎

ごまのはえさんが、京都の物語を書く時に読んだ参考文献としていくつか紹介してくれていた本。その中の何冊かは手に入れたのだけど、なかなか読む時間が持ててなかった。公演の準備が動き出すにあたり、ようやく読み始めた。

IMG_3554まずは、『「駅の子」の闘い - 戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』(中村光博さん 幻冬舎新書)を読んだ。
そして、『古都の占領 - 生活史からみる京都 1945‐1952』(西川祐子さん 平凡社)を読み始める。(これは分厚いから・・どれくらいかかるかな。重いので持ち歩けないことも難。)

京都には、わかりやすい戦争の被害の物語を見聞きすることが少ない、と思う。(私が子どもの頃も、広島・長崎の話や沖縄の話の方がよく習っていた記憶がある。)
だから実感がなかった。

まだ読み進められていないから、具体的な感想は後日に書くけど。
本を読み始めて最初に感じたのは、ああ、ここでも「1945年8月15日」は何の区切りでもなかった・・ということだ。韓国・朝鮮をはじめ世界の歴史に触れるようになって、最初に実感した衝撃は、日本の私たちにとって「1945年」が大きな時代の区切りだと感じていたが、世界を見ると全くそうではないのだ、と知ったことだった。それと同じことを、京都の街の歴史を振り返ってみて、思った。

具体的な地名や建物の名前を見て、頭の中でその場所をイメージできて、これらの出来事が、実感を持って感じられる。私はいつも、その場所に行けるし、実際にいつも通りがかっている。

ニットキャップシアターの次回公演を誰に観てもらいたいか、広報担当として考えているのだけど、その一つとして、「京都の人」に観て欲しい!と、中村さんの本を読みながら思った。(もう一つが、先日書いた、韓国に関心のある人たちに観てほしいという気持ちです。)


今、世界で起こっていることもそうだけど、そこにあるのは一人ひとりの人生だ。
「京都の物語」を考えた時、祖父母や父・母の人生のことを思う。

戦争の記憶を綴る手記が公募されたことがあった時に、祖母は何か書いて応募したことがあったそうだ。文才がなかったから、採用されなかったらしいけど。(ということを、母づてに聞いた。)
生前、もう一度海外旅行に行けるならどこに行きたいかと聞いたら、「シンガポール」と言った祖母のことを思い出す。(結局連れて行ってあげることはできなかった。)

私は戦争を知らないし、(戦後直後生まれの)父母の世代ほど、「戦後」やその影響を直接感じたこともない。でも、祖父母の世代の親戚から戦中の話を聞くことは少しはあったし、間接的に影響があると実感できる最後の世代なのではないだろうかという自覚もある。

祖父母の物語は、私がそれを勝手に書いて公にしていいのかわからない。でも残さなかったら、なかったことになるのかな。私の記憶、公表しないでも文字にしておこうか・・。

そんなことをぼんやり思う。


[続(連載になりそう・・笑)]




[ニットキャップシアターの次回公演にまつわる、私の徒然所感な日記。その1]


先日の公演が終わって、荷物を運ぶために乗ったタクシーの運転手さんが、京都駅の南側近くに生まれ育った方で、次回ニットキャップシアターの作品に出てくる時代の20年後くらいに、この辺に生きてきた人だった。付近を通りながら、たまたまそういう話をしてくださって、一気に次の公演モードになった。奇遇過ぎた。


9月仮チラシ_02_ol済◆ニットキャップシアター 次回公演
『風は言葉をドングリに変えた』
 2027年2月4日〜7日 
 会場:ロームシアター京都 ノースホール
 https://knitcap.jp/stage.html#donguri

詳細な日時やチケット情報などが発表されました。
私は、公演制作に参加しています。今回は、広報企画を担当させて頂く予定。


前作『土曜日の過ごしかた』に引き続き、京都の物語です。

私は近年、色々な地域の人と出会って話をする中で、そして韓国への関心から近現代史を勉強するようになって、しかし、京都のことにあまり目を向けていないなあということを考えるようになった。日本の歴史の中の、様々な社会的な出来事に注目するとき、京都のことは、かつて都だった時代のことは有名だけど、近現代の、特に戦中・戦後のことに触れる機会が少なかった。自分の街のことなのに、私自身に直接繋がる話であるはずなのに、触れてこなかった歴史に、いつかは触れてみたいと思うようになった。
ニットキャップシアターは、私に、その機会をくれた。


前回は戦争が少しずつ激化している頃の京都を舞台にした物語だった。そして次回作は、「京都駅周辺を舞台に、戦後の混乱期に生きる人々の姿を描く」作品。
その中には、当時にそこに生きていた朝鮮の人たちの姿も出てくる。この前の『チェーホフも鳥の名前』に引き続き、戦中・戦後に日本に暮らした朝鮮の人たちのことに、作品を通じて想いを馳せる。

昨年から始めた「韓国演劇史読書会」は、私がいま仲間とやってる趣味の勉強会だけど、韓国の演劇史についての本をざっと読み終えた後、今は、色々な戯曲を読んでみたりしている。演劇作品の中に出てくる朝鮮と日本の取り上げられ方に注目して、色々と教えてもらったりもしているので、演劇を通して歴史や社会を考える貴重な機会で、毎度とても有意義な時間を過ごしている。
先週は、終戦前後の朝鮮人労働者が出てくる戯曲を読んだので、ちょうどニットキャップシアター次回作とも重なる(舞台となる都市は違うが)部分もあり、そこから、かつての京都の街の話などもした。

京都駅の南東には、戦前から多くの在日コリアンが暮らしてきたところだったり、様々な歴史を持つ場所がある。近年はアートなエリアになってきているけど、少し前までもう少し様子が違ったのだということを、今では忘れられてしまってるのかなあ・・と改めて考えた。
きちんと調べたり、確認したりしたわけでないけど、何となく見聞きして、私の記憶にある「京都の街の歴史」に、私に記憶があるうちに再度触れる。今はそんな機会なのかもしれない。

先日は、左京区・一乗寺界隈に住んでおられる方から、近隣の朝鮮ルーツの方の話やご両親が体験された終戦当時の話を聞く機会もあった。京都駅周辺だけでなく、京都市内の各所に、朝鮮の人たちが暮らしていたところがある。私にも、在日コリアン(だとあとから知ったのだけど)の友達がいた。

こんな視点は、ニットキャップシアター公演の中心ではないと思うけれど、私にとっては重要な関心ごとの一つであるし、私自身はそういう関心も持ってこの作品に向き合っていきたいと勝手に思っている。そして、最近一緒に韓国語や韓国の歴史や文化を味わっている仲間にも、この作品を観にきてもらって、また色々とおしゃべりしたいなあととても思う。

[続(と思う)]


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