[ニットキャップシアターの次回公演にまつわる、私の徒然所感な日記。その1]
先日の公演が終わって、荷物を運ぶために乗ったタクシーの運転手さんが、京都駅の南側近くに生まれ育った方で、次回ニットキャップシアターの作品に出てくる時代の20年後くらいに、この辺に生きてきた人だった。付近を通りながら、たまたまそういう話をしてくださって、一気に次の公演モードになった。奇遇過ぎた。
◆ニットキャップシアター 次回公演
『風は言葉をドングリに変えた』
2027年2月4日〜7日
会場:ロームシアター京都 ノースホール
https://knitcap.jp/stage.html#donguri
詳細な日時やチケット情報などが発表されました。
私は、公演制作に参加しています。今回は、広報企画を担当させて頂く予定。
前作『土曜日の過ごしかた』に引き続き、京都の物語です。
私は近年、色々な地域の人と出会って話をする中で、そして韓国への関心から近現代史を勉強するようになって、しかし、京都のことにあまり目を向けていないなあということを考えるようになった。日本の歴史の中の、様々な社会的な出来事に注目するとき、京都のことは、かつて都だった時代のことは有名だけど、近現代の、特に戦中・戦後のことに触れる機会が少なかった。自分の街のことなのに、私自身に直接繋がる話であるはずなのに、触れてこなかった歴史に、いつかは触れてみたいと思うようになった。
ニットキャップシアターは、私に、その機会をくれた。
前回は戦争が少しずつ激化している頃の京都を舞台にした物語だった。そして次回作は、「京都駅周辺を舞台に、戦後の混乱期に生きる人々の姿を描く」作品。
その中には、当時にそこに生きていた朝鮮の人たちの姿も出てくる。この前の『チェーホフも鳥の名前』に引き続き、戦中・戦後に日本に暮らした朝鮮の人たちのことに、作品を通じて想いを馳せる。
昨年から始めた「韓国演劇史読書会」は、私がいま仲間とやってる趣味の勉強会だけど、韓国の演劇史についての本をざっと読み終えた後、今は、色々な戯曲を読んでみたりしている。演劇作品の中に出てくる朝鮮と日本の取り上げられ方に注目して、色々と教えてもらったりもしているので、演劇を通して歴史や社会を考える貴重な機会で、毎度とても有意義な時間を過ごしている。
先週は、終戦前後の朝鮮人労働者が出てくる戯曲を読んだので、ちょうどニットキャップシアター次回作とも重なる(舞台となる都市は違うが)部分もあり、そこから、かつての京都の街の話などもした。
京都駅の南東には、戦前から多くの在日コリアンが暮らしてきたところだったり、様々な歴史を持つ場所がある。近年はアートなエリアになってきているけど、少し前までもう少し様子が違ったのだということを、今では忘れられてしまってるのかなあ・・と改めて考えた。
きちんと調べたり、確認したりしたわけでないけど、何となく見聞きして、私の記憶にある「京都の街の歴史」に、私に記憶があるうちに再度触れる。今はそんな機会なのかもしれない。
先日は、左京区・一乗寺界隈に住んでおられる方から、近隣の朝鮮ルーツの方の話やご両親が体験された終戦当時の話を聞く機会もあった。京都駅周辺だけでなく、京都市内の各所に、朝鮮の人たちが暮らしていたところがある。私にも、在日コリアン(だとあとから知ったのだけど)の友達がいた。
こんな視点は、ニットキャップシアター公演の中心ではないと思うけれど、私にとっては重要な関心ごとの一つであるし、私自身はそういう関心も持ってこの作品に向き合っていきたいと勝手に思っている。そして、最近一緒に韓国語や韓国の歴史や文化を味わっている仲間にも、この作品を観にきてもらって、また色々とおしゃべりしたいなあととても思う。
[続(と思う)]
先日の公演が終わって、荷物を運ぶために乗ったタクシーの運転手さんが、京都駅の南側近くに生まれ育った方で、次回ニットキャップシアターの作品に出てくる時代の20年後くらいに、この辺に生きてきた人だった。付近を通りながら、たまたまそういう話をしてくださって、一気に次の公演モードになった。奇遇過ぎた。
◆ニットキャップシアター 次回公演『風は言葉をドングリに変えた』
2027年2月4日〜7日
会場:ロームシアター京都 ノースホール
https://knitcap.jp/stage.html#donguri
詳細な日時やチケット情報などが発表されました。
私は、公演制作に参加しています。今回は、広報企画を担当させて頂く予定。
前作『土曜日の過ごしかた』に引き続き、京都の物語です。
私は近年、色々な地域の人と出会って話をする中で、そして韓国への関心から近現代史を勉強するようになって、しかし、京都のことにあまり目を向けていないなあということを考えるようになった。日本の歴史の中の、様々な社会的な出来事に注目するとき、京都のことは、かつて都だった時代のことは有名だけど、近現代の、特に戦中・戦後のことに触れる機会が少なかった。自分の街のことなのに、私自身に直接繋がる話であるはずなのに、触れてこなかった歴史に、いつかは触れてみたいと思うようになった。
ニットキャップシアターは、私に、その機会をくれた。
前回は戦争が少しずつ激化している頃の京都を舞台にした物語だった。そして次回作は、「京都駅周辺を舞台に、戦後の混乱期に生きる人々の姿を描く」作品。
その中には、当時にそこに生きていた朝鮮の人たちの姿も出てくる。この前の『チェーホフも鳥の名前』に引き続き、戦中・戦後に日本に暮らした朝鮮の人たちのことに、作品を通じて想いを馳せる。
昨年から始めた「韓国演劇史読書会」は、私がいま仲間とやってる趣味の勉強会だけど、韓国の演劇史についての本をざっと読み終えた後、今は、色々な戯曲を読んでみたりしている。演劇作品の中に出てくる朝鮮と日本の取り上げられ方に注目して、色々と教えてもらったりもしているので、演劇を通して歴史や社会を考える貴重な機会で、毎度とても有意義な時間を過ごしている。
先週は、終戦前後の朝鮮人労働者が出てくる戯曲を読んだので、ちょうどニットキャップシアター次回作とも重なる(舞台となる都市は違うが)部分もあり、そこから、かつての京都の街の話などもした。
京都駅の南東には、戦前から多くの在日コリアンが暮らしてきたところだったり、様々な歴史を持つ場所がある。近年はアートなエリアになってきているけど、少し前までもう少し様子が違ったのだということを、今では忘れられてしまってるのかなあ・・と改めて考えた。
きちんと調べたり、確認したりしたわけでないけど、何となく見聞きして、私の記憶にある「京都の街の歴史」に、私に記憶があるうちに再度触れる。今はそんな機会なのかもしれない。
先日は、左京区・一乗寺界隈に住んでおられる方から、近隣の朝鮮ルーツの方の話やご両親が体験された終戦当時の話を聞く機会もあった。京都駅周辺だけでなく、京都市内の各所に、朝鮮の人たちが暮らしていたところがある。私にも、在日コリアン(だとあとから知ったのだけど)の友達がいた。
こんな視点は、ニットキャップシアター公演の中心ではないと思うけれど、私にとっては重要な関心ごとの一つであるし、私自身はそういう関心も持ってこの作品に向き合っていきたいと勝手に思っている。そして、最近一緒に韓国語や韓国の歴史や文化を味わっている仲間にも、この作品を観にきてもらって、また色々とおしゃべりしたいなあととても思う。
[続(と思う)]

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